ラブとモノヅクリ
生みの苦しみ。
普通に考えて出産の場合に使われる言葉だが、
出産はおろか結婚のけの字も見えてこない私でも、
生み出すことが楽しいだけではないと知っている。
私は、創作をしている。拙いけれども、文章を書いている。
個人的に創作で苦しい... というより、大変だ、と思うことは、
物事をどう進めていくかということより、下調べだろうか。
知らないことはリアルに書けないし、描( えが) けない。
そのテー マや、キャラクター の置かれている状況に対して、現実味のある描写をしなければ、
言葉を用いなければ、すぐに読み手に付け焼刃だとばれてしまうし、
それを気にさせてしまっては、物語にうまく入ってもらえないからだ。
それから、中でも個人的に一番と苦しいと思っていることは、愛が邪魔をすることだ。
登場人物が好きすぎて、あるいは、そのシチュエー ションが好きすぎて、うまく書けない。
もっと彼らのことを、状況を、うまく伝えたいのに、技術が追い付かない。
そんなことでぐるぐるしているうちに、どんどん形に出来なくなっていってしまう。
タイミングを逃す。
特に、書く前からキャラクター に愛のある、二次創作においては。
そう、私は薄い本、いわゆる、同人誌を書いている。
「 はあーーーーーーーーーー っ......」
TV の前、正座を解いて脱力。
軽快なED のテー マ曲に合わせて、画面の中できらきらと笑顔を振りまく彼ら。
週一のこの至高で崇高( すうこう) な30 分。たとえ平日でも... 翌日も平日でも...
私にとっては、尊くて大切な時間である。
あっ、ここ!ここの!ボー ル持って背中合わせの二人のカット! からの、フィー ルドに画面が移ってはやとくんのナイスアシスト! からの、ボー ルの行く先を読んで飛び込んでいったたくやくんがディフェンスを二人抜いて、
そのまま力強いシュート…
そして二人のハイファイブ!!! はーーーー 何度見ても好き!!公式まじでわかりすぎてる...
ああーーーーー 今日も推しが美しいなあ~~~~...
まじで推しのために生きているなあーーーー !!! 推しイズマイライフ...No 推し、No life... 字余り。
さあ、この勢いでもって私はパソコンに向かわねばならない...
この熱い滾( たぎ) りを... 何としても... 文字に起こさねばならないのだ...
いろんな意味でよろよろとしつつ、作業机の前に腰を下ろす。
作業場に並べておいている、彼らのアクリルスタンドに一瞬、
でへへと表情が緩むが、いや、今!
オンエアを見てエモさにキュンキュンできているうちに、頑張らねばならない...
意を決してパソコンの電源を入れると。
スマホに、長年のヲタ友で戦友、『 エブリデイ暴飲』 さんからビデオ通話の着信。
彼女とは性癖が似た者同士の宿命か、現在もハマっている作品とカップリングが同じなので、
きっと彼女も、先程のオンエアを見ていて、いてもたってもいられなくなったのだろう。
うんうん、わかる。その気持ちめっっっちゃよくわかる。
だって!たくやくんとはやとくん、今日絡みあったもん!
言葉交わしてたし、目線も絡んでたし、何より試合後めっちゃ肩組んでて息止まったもん。
んで挙句あのセリフよ... !
はやと「 俺たちは、最高のバディだ!」
あれプロポー ズだよね?? 私背景に教会が見えてたんよ...
てか、アニメ始まって何回目のプロポー ズ?
101 回目??
あああああああ語り合いてえーーーー
しかし。
私は一旦、冷静になって考える...
そんな時間は、今の私に残されているのか。
カレンダー をちらと横目で見る。〆切まで、あと2 週間とちょっと。
そして開いているドキュメントは... うん。しろい。とてもしろい。
いやでも、元気もらったら書けるかもしれないし!? だー っと!! プロットはなんとなくあるんだから、あとは文字に起こすだけだから!!! ... それは逃避だろって?
知ってる。私が一番わかってる。
心の中で「 私さん、余裕があると思っているうちに書いてしまいなさいな!」 と囁く
私の中の天使を殺し、スマホの画面をタップする。
画面の向こうに、可愛らしいふわもこの部屋着をまとった女性が映り込む。
いつもはドンキだかロヂャー スだったかで買ったスウェット上下と、100 均のヘアバンド、
完全に部屋用の眼鏡だけど、今日は公式のオンエア日なので、
流石部屋着も本気を出してきている。あれ、たくやくんカラー のカラコンしてね?
いやはや、これぞ、ヲタクの鑑というものだ。
中身が、カラコンとふわもこの部屋着に見合っているかどうかはさておいて。
暴飲「 うぃー おつおつーーー」
おこめ「 おつでござるおつでござる」
暴飲「... 見ましたか」
M.2-3『 これって尾行だったんですかセンセイ』
おこめ「 見たーーーーーーー ッ!! タクハヤ今日も燃えてたー ッ」
暴飲「 つー かもうなんなんあれ!?
マイスウィー トハー トたくやきゅん、今回も作画が神過ぎて
30 分で何度も息の根止められてるし、最早背景にバラの花が見えるんですけど!?
は!?
いうか何!? あの試合後の肩組みと台詞の応酬!! あれもうプロポー ズじゃね!?
タクハヤ結婚した!! ていうか既にしてた!? 知ってたー!!
あーーー マジで公式が最大手!! 課金したい、つか献金したい!!
マジでご本尊に貢ぐために稼いでるー!!」
あああああやっぱり同じことを考えてる!!特にプロポー ズのくだり!! 同じ穴の狢、類友、というやつである。有難い。かんしゃ。
てな感じで、一息で愛をまくし立てた彼女は、
何故かどの作品でも王道とされる人気のカップリングの真逆を行く、
茨道の組み合わせばかりにハマってしまうという悲しき星の下に生まれ、
それでも力強く自家発電を続け、
その美しくも勢いのある、愛のこもりまくったイラストや漫画によって、数々のヲタクたちを
自分の沼に引きずり込んできた絵描きの妖怪である。
朝方まで起きてたテンションで付けたのかな? というアレなハンドルネー ムで、
SNS 上では推しへの愛の咆哮と、酒絡みの奇行報告が主であり、
基本小学生男子もびっくりなIQ の低い発言ばかりだが、
イベントの際は美しい立ち居振る舞いと、
まともな人間のコスプレでキレイ系お姉さんを見事に演じきり、
スペー スに訪れる同志の女性たちをそのギャップで骨抜きにしている。
私はといえばその横で、同じ作品、同じカップリングの小説をちまちまと書いている、
ちいさなちいさな、字書きの端くれ。
ハンドルネー ムは、高カロリー のものを食べたかった時につけた「 おこめコロッケ」... 。
先程暴飲さんを散々ディスったが、人のことはマジでいっこも言えない。
ちなみに、愛はあるが本の部数はさほど伸びない。
毎度少部数で作るけれど、クロー ゼットには目に入れたくもない在庫の山もある。
お陰でイベント時のスペー スは、既刊を並べるだけでだいぶ賑やかだ。
... あっ、気分落ちてきた!まじでよくない。
暴飲「 進捗確認でござる~ !」
おこめ「 ・・・・・・」
暴飲「 おい急に黙ってんじゃねー ぞ?」
おこめ「 そ、そっちから言うのがマナー でござるでしょ!」
暴飲「 そんなマナー は初耳でござる。しかし吾輩、あと残すところ4P 也!!」
おこめ「 ええええええ進んでる・・・!!」
暴飲「 あたぼうよ、〆切まであと2 週間ちょいじゃん」
おこめ「 うぐッ」
暴飲「そっちはどうなん?」
おこめ「2 ペー ジ...」
暴飲「 え? 残り!? やるじゃん!!」
そんな勘違いの誉め言葉を、スクロー ルも速攻で終わる2 ペー ジを眺めながら遠くに聞く。
実は今回のイベントは、彼女と合同誌を発行することになっており、
お互い絶賛その原稿の執筆中なのである。
おこめ「... あー...」
暴飲「... 待って待って。2 ペー ジって書けた量??」
おこめ「... これももう消したいから0 ペー ジかも」
暴飲「 消すな消すな!!消せるほどじゃない!」
おこめ「 えー んえー んだってーーーーー !!」
暴飲「 ずっと書きたかったんでしょ、今回のテー マ!『 タクハヤなれそめ話』」
おこめ「 書きたかった...」
暴飲「 なんでそれで書けなくなるのよ!鉄は熱いうちに打つもんよ!!」
私は、アクリルスタンドの横に積まれた人様の薄い本を、ちらと見る。
おこめ「... 参考に皆様のなれそめ話を読んだらもうさ...
私のいらなくね? ってなって」
暴飲「 なんでそういう時に同じテー マの作品読んじゃうのよ...」
確かに。確かにそうなのだ。なんで読んだ私。
でも最初は!本当に!参考にしようって気持ちだったの!!
暴飲「 オンエア観てる場合か!!
たくやくんとはやとくんだって、
フィー ルドであんなに熱く諦めない心を体現していたというのに、あんたは!!」
おこめ「 だってだって!!何が面白いか面白くないかわかんなくなっちゃったんだから
しょうがないじゃん!」
暴飲「 だから勢いで書けって言ってるじゃん!
いちいち考えて書いてたらそりゃあ迷宮入りもするわ」
そりゃあ... 本当に勢いで描( か) いてる暴飲さんとは違うし...
ていうか、暴飲さんのはそれが味なんだよね...
彼女の漫画は三段落ち的というか、「 なんやかんやで今」 みたいな序文だけ入って
いきなり核心のページから始まったりする。
だけどなんて言うか、絶対に描きたいところは描く、見せるって気概が感じられるから、
それでもしっかり引き込まれるし、読み終わるころには胸が熱くなっている。
でも、私にはそれはできないし...
おこめ「 私だって... たくやくんとはやとくんにたくさんしあわせになってほしいいいいいい...」
暴飲「 情緒よ...」
私だって、私の手で、彼らを幸せにしたいと心から思っている。
公式の余白、描かれていない行間の中に、彼らの幸せな時間を探そうとしている。
「 無理やり作ろうとしている」 が正しいって?
違うよ? タクハヤは公式も推しているカップリングだよ??
でも、素晴らしい方々の作品を読んで、もうこれでいいなと、納得してしまったのも本当で。
私にはない経験、私にはない目線、私の手元では操れない言葉。
それがどうしても、とてつもなく。魅力的に思えるのだ。
暴飲「 でもさ。人の読んでも、自分の中のたくやくんならー とか、
はやとくんならー とか、あるじゃん。
私好きだよ。おこめちゃんの書くタクハヤ。
解釈の一致!ってなる」
おこめ「 暴飲さん...」
暴飲「 同じテー マの本なんて、そんなんなんぼあってもいいですからね!?
なんなら1 本と言わず、おこめちゃんの思うなれそめをかき集めて10 冊、
どー んと100 冊あったっていい!
だからまずはさあ、一回落ち着いて、今回何が書きたかったのか考えてみ。
真っ白い紙に殴り書きでいいから、台詞とか、シチュエー ションとか、
絶対書きたいって思ってるやつだけ書いてさ、頭整理してシャープにしてみようよ」